
日本で最も古い箸の登場は、弥生時代の末期と言われています。その当時の箸は、細く削った1本の竹をピンセットのように折り曲げた状態で、神様への祭器として使用されており、これが箸の原形とされています。まだ人は手食(手で食べる)の時代です。現在のように2本の箸が使われ始めたのは7世紀の初めで、推古天皇が随(中国)に遣随使を送った頃となります。使節団は、中国王朝で2本の箸で食事をしている光景を初めて見て、この作法を日本に伝えました。使節団からこの報告を受けた聖徳太子は、中国の使節を日本に招待する時のために、箸食制度を朝廷の供宴儀式で採用したと言われています。ここから、日本で食事に箸を使う風習が始まり、8世紀初め、奈良の平城京で箸食は広がり、「手食」から「箸食」へと変化したとされてます。
8世紀頃から箸食の文化は一般に広がりましたが、その頃の箸は唐箸(からはし)と呼ばれる現在使われているような二本一組の箸で、箸素材は主に竹が使われていました。「箸」という漢字が竹冠でできているのは、ここが語源のようです。その後、箸は様々な素材で作られるようになり、江戸時代には漆塗りの技術を施した「塗箸」も生まれました。
割箸が登場したのは、江戸時代末期に酒樽の端材を用いたのが最初といわれ、一般に普及したのは、明治10年に奈良県吉野郡下市町において寺小屋教師の島本忠雄によって開発された小判箸です。割箸は、手軽で使い易いだけでなく、使い回しが無いため清潔であることや割れていない箸を食事を始める前に割る行為など、清潔付きでけじめを重んじる日本人気質に合ったといえます。
その後、最も汎用性のある元禄箸やおもてなしに使用する天削げ箸、室町時代から利休が茶席で愛用した両端が細い箸を利久箸として開発するなど明治中期から後期にかけて日本の食文化に伴い、様々な箸が生み出されてきました。割り箸が量産されるようになったのは大正後期、昭和初期には機械化による製造も始まりました。
近年日本の割箸文化は、木を使用することから誤解され環境問題の対象となっていましたが、昔から端材を利用した日本人の物、自然を大切にする心から生まれたものであり、また現在は手入れされないままの人工林に自然の循環を蘇えらせるために、国産間伐材の使用に貢献できる大切な役割を担っています。

箸の漢字は前述のように、もともと竹を細く削ったものだったことから竹冠になっていると言えます。では箸のことをはなぜ(はし)と呼ぶようになったのでしょう。
その語源には4つの説があります。
どれも語源として扱われており、同じような起源をもった言葉です。言葉の由来はおもしろくなるほどと感じるものです。